創造的脱力 かたい社会に変化をつくる、ゆるいコミュニケーション論 (光文社新書)
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によって 若新 雄純
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内容紹介 【ゆるめると、「新しい何か」ができる?】 ○はじめから破綻した会社 NEET株式会社 ○週休4日月収15万円という実験 ゆるい就職 ○女子高生によるまちづくり? 鯖江市役所JK課etc. ◎内容紹介 従来のよくできた社会システムの多くは、どうやら耐用年数がすぎ、人や組織の在り方 を窮屈にしてしまっている。私たちの日常に多様なスタイルや解放的な文化を つくりだしていくには、この「かたい社会」のシステムや人間関係を、中心ではなく 周辺部分からゆるめていく脱力的なアプローチが不可欠になる。 白黒をはっきりつける二項対立的思考や問題解決手法には限界があり、ズレや違い を認め周囲と柔軟に関わり合い、試行錯誤しながら変化と広がりをつくっていく 「ゆるいコミュニケーション」が必要だ。 ゆるい就職・NEET株式会社・鯖江市役所JK課……数々の実験的プロジェクトの 実態と、そこに生まれるゆらぎやとまどい、それに携わった当事者のリアルで生々しい 感情の交錯などから「新しい何か」の萌芽を探っていく。 ◎目次 〈序 章〉破壊しないで、「脱力」する 壊すのではなく、ゆるめる/「創造的脱力」の入り口/etc. 〈第一章〉「グラデーション」をつくる ―― 自意識過剰で偏屈な僕の、研究と実験 週休四日・月収一五万円の「ゆるい就職」/自分を明確にする、「余白」の時間/選択肢を提案し、社会に「グラデーション」をつくる/「自分」を主体的に生きるとは/答えなんてない、脱力的な実験/etc. 〈第二章〉JKが主役の、ゆるいまちづくり JKが主役の、脱力的空間/「教えない」関係性/大人も一緒に悩む/ゆるい市民が教えてくれる、「日常」の感覚/「ゆるさ」をまちの魅力に/etc. 【特別鼎談】 鯖江市役所JK課・学校帰りに市役所へ行こう 〈第三章〉ニートだけの、ゆるすぎる会社 ニートは、救世主になれるのか?/問題を解決するのではなく、現象とただ付き合う/一六六人のニートが取締役に/期待を裏切らない、クオリティの低いサービス/〝限りなく憎しみに近い愛〞社精神/etc. 【特別対談】 NEET株式会社・まともな会社にはまねができない 〈第四章〉ズレた若者たちの、いろいろな就職 「あたりまえ」がおかしい/マッチングよりも、リレーションシップ/ナルシストは、グローバル人材なのか/「ゆるい就職」のその後/期待に制約を設けない/etc. 【特別対談】 就活アウトロー採用・誰かの役に立っているという自己満足 〈終 章〉かたい社会に変化をつくる 〈あとがき〉 内容(「BOOK」データベースより) 従来のよくできた社会システムの多くは、どうやら耐用年数がすぎ、人や組織のあり方を窮屈にしてしまっている。私たちの日常に多様なスタイルや解放的な文化をつくりだしていくには、この「かたい社会」のシステムや人間関係を、中心ではなく周辺部分からゆるめていく脱力的なアプローチが不可欠になる。白黒をはっきりつける二項対立的思考や問題解決手法には限界があり、ズレや違いを認め周囲と柔軟に関わり合い、試行錯誤しながら変化と広がりをつくっていく「ゆるいコミュニケーション」が必要だ。ゆるい就職・NEET株式会社・鯖江市役所JK課…数々の実験的プロジェクトの実態と、そこに生まれるゆらぎやとまどい、それに携わった当事者のリアルで生々しい感情の交錯などから「新しい何か」の萌芽を探っていく。 商品の説明をすべて表示する
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若新雄純という男は怪しそうで軽い奴に見えるが、真面目で思慮深い。仕掛けるプロジェクトは一見ふざけているという風にしかとれないが、よくよく話を聞くと実によく考え抜かれたものであったりする。肩書きは「特任助教」や「コンサルタント」、「プロデューサー」・・・しかし、私にはどれもしっくりこない感じがしていた。この本の第三章、「ニートだけの、ゆるすぎる会社」の最後に「対談を終えて」という部分がある。その中で著者は『NEET株式会社というのは、極端にカッコよく表現するなら、「現代アート」のようなものだと思っています。全体像がとらえにくくて、どこになんの価値があるかのかわからない。』と記している。これを読んだとき、私は著者が「アーティスト」であると強烈に意識した。NEET株式会社に限らず著者の実験的プロジェクトの数々は実はコミュニケーションアートであり、著者の作品なのだ。そしてその作品は未だ完成には至っていない。未完の状態を人々が評価することも作品の一部なのだ。その作品群は著者の強烈な自意識と社会との鬩ぎ合いの中で生まれている。(少々大袈裟か。)社会という大きなアトリエで様々なプロジェクトという作品の制作に没頭する著者、本書はその横顔と制作過程を垣間見ることができる。「こうあるべき」、「これが良い」という固定観念はひとまず取っ払って、著者の作品を感じて欲しい。
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